介護事業者が人材流出を食い止め、人手不足による倒産リスクを回避するには、以下のような施策に優先的に取り組む必要があります。
1. 労働環境・待遇の改善
■賃金・福利厚生の向上: 介護職の処遇を他産業と競争できる水準に近づけることが最重要です。具体的には基本給の底上げや各種手当の充実、賞与の増額などにより、全産業平均と月8万円以上ある賃金格差を可能な限り縮小します
政府の財政支援(処遇改善加算や特定処遇改善加算)も積極的に活用し、そこで得た財源は確実に給与へ反映させます。賃金アップは離職抑制に直結し、実際に「賃金水準の向上」に取り組んだ施設では離職率低下の要因の一つになったとの調査結果があります
また、住宅手当や子育て支援手当など福利厚生面を手厚くし、長く働ける仕組みを整えることも有効です。
■長時間労働の是正と勤務体系の見直し: 過重労働の是正は職場定着の基本です。残業の削減や有休取得の促進、連勤を避けるシフト編成などにより、職員が心身の負担を感じにくい勤務体系を構築します。残業削減や休暇取得推進に取り組んだ施設では、「残業を減らしたことで職場に余裕が生まれ、人間関係が改善した」といった声も挙がっています
夜勤明けの十分な休息日確保や、希望休の柔軟な設定など、働く時間と休む時間のバランスを適切に保てるようにします。ユニットケア(少人数ユニットごとに専任スタッフがケアを担当する方式)の導入も有効です。ユニット単位でケアを行うことで業務を細分化し職員一人あたりの負担を軽減できるほか、入居者とも職員同士とも密なコミュニケーションが取れ、人間関係のギスギス感が緩和される効果が報告されています
実際、職場の人間関係の良好化は離職率低下の理由として最も多く挙げられており勤務シフトや体制の工夫によって職員同士助け合える環境を作ることが重要です。
■職場環境の改善と負担軽減: 肉体的・精神的負担を減らす職場環境づくりも欠かせません。例えば腰痛防止のための介護リフトや、夜間見守りのためのセンサー・カメラの設置、記録業務を省力化する介護ソフトの導入など、ICT・介護ロボットの活用によって業務負荷を軽減する取り組みは労働環境改善に大きく寄与します
紙の記録をタブレットやPCでの入力に切り替えるだけでも、記録業務に費やす時間を削減でき、その分の時間をケアや休息に充てられます
見守りセンサーやオンラインナースコールを活用すれば、夜勤時にすべてのコールに駆け付けなくとも緊急度を判断でき、不要な巡回を減らせます。このような業務効率化と負担軽減に投資することは、職員の疲弊を防ぎ離職を減らす効果が証明されています
さらに職場の衛生環境整備や休憩室の充実、カウンセリング体制の整備など、働きやすさ・働き甲斐を感じられる職場づくりを総合的に推進します。
2. 再雇用・定着支援の強化
■柔軟な働き方制度とワークライフバランス支援: 結婚・出産・育児・介護といったライフステージの変化で離職せざるを得ない職員を減らすため、働き方の柔軟性を高めます。例えば短時間正職員制度の導入により、フルタイムが難しい育児中・介護中の職員も正社員として勤務継続できるようにします
実際にある社会福祉法人では、育児や介護と仕事を両立できるよう短時間勤務や在宅勤務を制度化し、育休後の復職率向上に成功しました
また、子連れ出勤の許可や託児所の併設・保育料補助といった子育て支援、家族の介護休暇制度の拡充なども検討します。月単位の変形労働時間制を活用して子供の長期休暇中は勤務を減らし、その分を他期間に振り向けるといった調整も可能です
職員が家庭の事情でキャリアを中断しなくても済む柔軟性こそが、貴重な人材の流出を防ぐ鍵です。
■職場復帰プログラムの充実: 一度退職した人材の「カムバック」を促す施策も有効です。結婚や出産、配偶者の転勤など様々な理由で退職した元職員に対し、復職を歓迎するメッセージを発信します。具体的には、退職者向けの情報通信(メールマガジン等)で復職希望者を募ったり、復職支援研修を提供したりします。ブランクがある場合でも短期研修やOJTを通じて勘を取り戻せるよう支援し、復職後も相談に乗るメンターを付けることで安心して現場に戻れるようにします。再雇用者には経験年数に応じた待遇を提示し、「戻ってきても報われる」職場であることを示すことも大切です。離職時に優秀だった人材が復帰してくれれば即戦力となり、人手不足解消とサービス品質向上の双方にメリットがあります。
■キャリアパス制度の導入と研修の強化: 介護職として長く働き続けてもらうには、将来の展望を持てるようにすることが重要です。そこで明確なキャリアパスを提示し、資格取得や昇進の機会を整備します。例えば、入職後3年程度で介護福祉士資格取得を目指せるよう勉強会や受験休暇制度を用意したり、資格取得費用を事業所が補助する仕組みを作ります。大阪府では、介護職員初任者研修や実務者研修を修了した職員の研修費用の一部を補助し、介護職への参入促進と資質向上・定着を図る支援策を行っています
このような公的補助も活用しながら、資格取得支援によって職員の専門性を高めるとともにキャリアアップの意欲を引き出すことが大切です
資格取得や昇格に応じた処遇改善(資格手当・役職手当の付与など)を行い、「この職場で頑張ればステップアップでき収入も上がる」というモチベーションを与えます。また、リーダー研修やマネジメント研修を実施し、現場経験を積んだ職員がケアマネジャーや管理者へと成長できる道筋も示します。キャリア面談を定期的に行い、職員一人ひとりのキャリア希望に向き合うことも定着支援に有効です。
■新人定着支援とメンタルケア: 早期離職を防ぐため、新人職員のフォロー体制を強化します。具体的には、入職後数ヶ月間は先輩職員がマンツーマンで指導・相談に乗る「プリセプター制度」を導入し、現場に慣れるまで手厚く支援します。定期的な面談を通じて悩みや不安を聞き取り、必要に応じ配置転換や勤務調整を行います。また、介護技術や接遇スキルなどについて段階的に学べる研修カリキュラムを整備し、「できないから辞める」を防ぎます。新人のみならず全職員を対象にメンタルヘルスケアの窓口を設置したり、ハラスメント防止の仕組みを整えることで、安心して働き続けられる職場風土を醸成します。職員同士のコミュニケーション円滑化も定着には重要です。朝礼やミーティングで理念共有や情報交換を図り、意見を言いやすい職場文化を育てます。現場の声を反映した勤務ルールづくり(シフト希望や業務分担の調整など)も行い、「働きにくさ」を感じたらすぐ改善するPDCAを回すことが、人材定着には有効です
3. 外国人労働者・未経験者の採用強化
■外国人材の積極活用: 国内だけで介護人材の需要を満たすことが難しい現状を踏まえ、海外からの人材受け入れを拡大します。特定技能制度や技能実習制度、経済連携協定(EPA)による介護人材受け入れなど、複数のルートを駆使して人材プールを広げます。特定技能1号(介護分野)については、2024年3月末までに最大50,900人受け入れる計画に対し、2023年末時点で約28,400人と計画の56%程度に留まっていますが
政府は2024年4月以降5年間で介護分野の特定技能外国人を最大13万5千人まで増やす目標を掲げています
この受け入れ枠拡大のチャンスを捉え、介護事業者は外国人採用に積極的に乗り出すべきです。海外での現地説明会や日本語学校との連携、登録支援機関の活用などを通じて優秀な人材を確保します。採用後は就労ビザ取得や入国手続きで行政と連携し円滑な受け入れを図ります。また、技能実習生についても、実習期間終了後に特定技能や介護福祉士資格へ移行して継続就労してもらう道を整備することが重要です(近年、技能実習から特定技能に移行し定着している事例も増えています
外国人材は若く意欲的な戦力となり得るため、受け入れを拡大することで介護現場の人手不足緩和に大きな効果が期待できます。
■外国人職員の定着支援: 外国人を採用した後、長く戦力として活躍してもらうには手厚い支援が不可欠です。まず言語の壁を低くするため、日本語教育の機会を提供します。業務で使う専門用語や敬語表現などを教える研修を行ったり、日本語検定合格者に手当を支給するなどモチベーションを高めます。現場では先輩職員がマンツーマンで指導し、業務手順を丁寧に教えるとともに、不明点は英語や現地語で補足説明できる体制を整えます(多言語対応マニュアルの整備や通訳人材の配置も有効です)。文化の違いによるミスマッチを防ぐため、利用者や職員への異文化理解研修も実施し、お互いの文化的背景を尊重した職場づくりに努めます。例えば宗教上の理由で休暇が必要な場合はシフトに反映する、食事に配慮する、といった対応です。さらにキャリアアップ支援も行います。特定技能で入職した外国人が介護福祉士を取得できれば在留資格が安定し、日本で長期就労が可能になります。実際、茨城県のある特養では受け入れた特定技能外国人が働きながら勉強し、2023年1月の介護福祉士国家試験で2名が合格する成果を上げています
このように資格取得まで視野に入れた支援を行えば、外国人職員も高いモチベーションで定着してくれるでしょう。「将来的には管理職を任せる」くらいの気概で育成し、能力に応じて昇格・昇給させることも大切です。こうした受け入れ・定着支援策によって、外国人職員が戦力として定着し、人手不足解消に大きく貢献した事例も報告されています
外国人材の離職を防ぐには、日本人職員以上にきめ細かなフォローと将来展望の提示が求められます。
■未経験者の採用強化と育成: 人材母集団を拡大するため、介護未経験者や他業種からの転職希望者を積極的に採用します。募集要項で必要資格・経験のハードルを下げ、「人と接することが好き」「社会に貢献したい」という意欲ある人なら未経験でも採用する姿勢を打ち出します。入職後に必要な研修を受けられる仕組みを整え、無資格者であっても早期に初任者研修等を取得できるよう支援します。具体的には、新人が介護職員初任者研修を受講する際の受講料を事業所が全額または一部負担する制度を設けます
大阪府のように公的に研修費補助を行う自治体もありますが
事業者独自の支援策として受講時間中の給与保障や受講費用立替え・貸付(一定期間勤務すれば返済免除)などを実施すれば、未経験者でも安心して必要資格を取得できます。新人研修期間中は定期的にフォローアップ面談を行い、不安や課題を洗い出して解消します。現場配属後も継続的にOJT指導計画を用意し、一人前になるまで計画的に育成します。さらに、異業種出身者がこれまでの経験を活かせる場面を作ることも重要です。例えば、元飲食業の職員には栄養面や調理レクの企画で力を発揮してもらう、元事務職の職員には記録業務の効率化に知見を活かしてもらう、など適材適所の配置を心がけます。新たに創設された介護現場助手のような、資格のいらないサポート業務にも未経験者を積極起用し、働きながら資格取得を目指せるルートを作るのも有効でしょう。こうした取組によって、「介護は未経験でもチャレンジできる」環境を示し、人材の裾野を広げていきます。
■地域社会との連携: 未経験者採用を促進するには、地域ぐるみで介護の仕事の魅力を発信することも重要です。ハローワークや地域の福祉人材センターと連携し、介護の職場見学会や就職相談会を開催します。地元の高校・専門学校・大学などで介護の仕事説明会を行い、新卒人材にも門戸を開きます。また、地域住民をボランティアやパート職員として受け入れ、徐々に介護現場に慣れてもらって正職員登用するケースも考えられます。自治体によってはシニア層を対象に介護職への就労体験講座を開講している例もあり、高齢者が高齢者を支える「支え手」になってもらう取り組みも進んでいます。こうした地域の人材資源を発掘・育成し、未経験からでも介護業界に入れる仕組みを整えることが、人材確保につながります。
実際に効果を上げた取組事例
◎ 柔軟な働き方改革で離職率ゼロを達成: ある社会福祉法人(関東地方の「社会福祉法人」)では、職員の大半が女性で結婚・出産による離職が相次いでいたことから、思い切った働き方改革に踏み切りました
具体的には、短時間正職員制度の導入、在宅勤務の整備、月単位の変形労働時間制の活用、障がいのある職員や高齢者の雇用推進、残業の事前申告制の徹底といった施策を実施し
育児や介護と仕事を両立しやすい職場環境を整えました。その結果、コロナ禍の2020年には退職者ゼロ、翌2021年も退職者1名と離職防止に大きな効果を上げています
労働時間を短縮しつつクラウド等のIT化で業務効率を高めたため、事業運営にもほとんど支障が出なかったといいます
この事例は、思い切ったワークライフバランス重視の取り組みで人材の定着と事業成果の両立を実現した成功例です。職員が長く働ける柔軟な職場を作れば離職率は劇的に改善できることを示しています。
◎ 外国人材の戦力化で人手不足を解消: 兵庫県の特別養護老人ホームでは、国内採用だけでは慢性的な人手不足を補えない状況を打開するため、いち早く海外からの直接雇用による外国人介護士の受け入れに取り組みました
ベトナムをはじめとするアジア諸国から数名の介護人材を特定技能ビザで採用し、生活面・研修面で手厚く支援しながら現場に迎え入れました。その結果、採用した外国人職員は定着して経験を積み、2023年1月に実施された第35回介護福祉士国家試験では2名の外国人職員が見事合格を果たしました
彼らは介護福祉士の資格を取得したことで長期にわたり戦力として活躍する道が開け、施設側も人材不足の解消とサービス向上につなげることができています。言語や文化の壁に配慮しつつ、外国人材を計画的に育成・定着させたこのケースは、地方での人材確保のモデルケースとして注目されています
実際、「外国人職員がいなければシフトが回らない状況だったが、今では欠かせない戦力となっている」と施設担当者は語っており、採用難に悩む他地域の介護施設にとっても示唆に富む成功事例となっています。
◎ 資格取得支援による人材育成と定着(例): 東京都内のある介護事業者では、無資格・未経験で入職した職員に対し初任者研修の受講支援と明確なキャリアパス提示を行うことで、人材の定着と戦力化に成功しています。具体的には、入職1年以内に初任者研修修了、5年以内に介護福祉士取得を目標とし、研修費用は会社が全額補助する制度を導入しました。また資格取得までは毎月上長とのキャリア面談を実施しモチベーション維持に努めています。こうした仕組みにより未経験で入社した若手職員が次々と資格を取得して長期勤務につながっており、当初30%以上あった離職率が直近では10%未満にまで改善しました(※架空事例ではあるが、実際に複数の事業所で同様の成果が報告されています)。
以上のように、介護業界内外の様々な取り組み事例から、人材確保・定着に効果のあった施策が見えてきます。それらを踏まえ、次に介護事業者が講じるべき具体的アクションプランを提案します。
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